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Heavenly Creatures

兎狩りならダンスホール!

V6「fAKE」覚え書き その1

※2014年4月2日加筆修正

歌詞考察とかいうのは苦手だし自分ではあまり意味を感じないのですが音数から漏れたことばたちを探して行間を読むことを知らずやってしまう悪い癖がある。音楽で歌詞が最も大事だと思っていた時期もありましたけれど、いまはそもそも音を楽しむものなのだからボーカルも楽器の一つで、歌詞なんか何となく意味付けしたものに過ぎないじゃないと思っていて、もう何でもいいわけです、ずっと「オートマチック」という単語を繰り返し歌っていてもいい*1。だけど曲から切り離して、読み物として詞を読む時にはそういう考察…という大それたものではないにしろ何か空想の尾鰭をうみだすのは面白いなアと最近考える。以前Twitterに投下した断片をもとにまとめておく。

ROCK YOUR SOUL (ジャケット・パターンC)

ROCK YOUR SOUL (ジャケット・パターンC)

 

 V6「ROCK YOUR SOUL」の通常盤に収録された、C/W曲「fAKE」について。わたしは発売当初からこの曲が好きでよく聴いていたのですが歌詞がちょっとふつうの恋愛ソングでも失恋ソングでもはたまた応援ソングでもない何か不思議な、名状しがたいがとても重たそうな内容の詞なのである。タイトル通りこの詞の主人公と思しき人物は「君」という人に対しフェイク、「偽物」「模造品」「まやかし」「見せかけ」の自分で接していて、真実をすべて「君」に明らかにし素直な「本当のぼく」をさらけだそうかどうか迷っているのだが何やら「ぼく」は容易にそう決断することのかなわない事情があるそうなのだ。何せこれを打ち明けたら「なにもかもなくす」かもしれないというのである。歌詞の冒頭で恋人関係らしいということがうかがえるので「ぼく」と「君」は恋愛関係であるのに違いないがこの「ぼく」は一体どんなやばいことをやらかしてしまったのか?それはさておき、わたしがこの歌詞を読んで面白いと思ったのは人称が「ぼく」と「君」になっていることだ。こういう表記の違いというのは学生時代に国木田独歩研究をなさっていた先生にうんと細かく見つけ出すよう言われていたから、やアこれはいいのを見つけたと思ったのだ。ただ「fAKE」を作詞したKenn Kato氏が他の歌手に提供した歌詞を見ると「ぼく」と「君」になっているものがほとんどで、どうやらわたしの空想は尾鰭にもならないほど陳腐な空想だったようですこし残念だった。わたしも「私」という漢字が嫌いで平仮名を使っているが、Kenn Kato氏もきっと「僕」という字が嫌いなのだろう。わたしが心酔してやまない森茉莉*2も漢字表記にうるさい人だった。ちなみにわたしが何故面白いかと思ったかというと、「ぼく」が「本当のぼく」で、それが身体を通って外側に表出されると「僕」になるのではないか、と空想したからだった。漢字の人代名詞は他者から見え、あるいは感じられる自分という人間をあらわし、平仮名の人代名詞はその人のこころのなかをあらわすのではないかと思ったのだ。「君」が知っている「僕」のこころのなかにある本当の自分は「ぼく」で、その内的世界の葛藤をよく描いているのではないかって。ここに綴ってあることが本当の自分=「ぼく」のことで、それは「ぼく」の身体を通って外へ出てゆくと建前をそなえた「僕」となって表出する。タイトルの「fAKE」もまた「Fake」の反転した、鏡像(あるいは虚像か)の字並びなのである。対してこの詞には「君」のことはあまり描かれていない。「ぼく」は「君」のことを「むじゃき」で「疑うことを知らない」人物だという認識があり、とりあえず「君」のほうは嘘も秘密もない「本当の君」であると「ぼく」の目には映っているらしい。「君」だって表面からは確認することのできない「きみ」を秘めているかもしれないのに!その「むじゃき」さだってフェイクかもしれない。みんな虚像なんだから!*3主人公はさして「君」のことを理解していないのではと思ってしまう。 打ち明けたところで失望されるに違いないって決めつけているんだもの。そんなあなたでもいいわって許してくれるかもしれないのにどうして!(熱くなってきた)

この曲は一度だけTVで披露されている。2012年12月26日放送の「ザ少年倶楽部 プレミアム」(トークゲスト:平家派)で、稀代のカリスマツンデレアイドルこと剛くんがステージ構成を考えたそう。あれでわたしのfAKEスキスキ熱もだいぶ上がった。6人がWAになりそれぞれが真ん中を向いてオシャンティーなデザインの白い椅子に腰かけているのも大変よかった。V6はメンバーの気質もありグループとしてもとても内向的だと感じることが多いのだが、その気質のせいかこういう曲*4がとてもうまい。鬱屈としたエネルギーが内側へ放たれてものすごく重たくどろどろとした何かがにぶい動きで渦を巻き彼らはとても傷付きやすい。この曲はストーリーとしても優れていて、「ぼく」は結局「君」に本当のことを打ち明けるかどうか逡巡しているのだが結局永遠に(何かを)隠し通すことを決める。Bサビは井ノ原さんのソロパートで入る(「こんなの」)がそこでもう投げやりになって感情がぐわっと乱れるのがとてもいい。結局は「十字架を背負い続けてゆく」(これも井ノ原さんパートだ)ことを決意する。果たして「ぼく」は「君」のことを好きなんだろうか?もしかして好きじゃないけど君がぼくのこと好きでとてもしあわせそうだから付き合ってるっていう設定なのか?そんなのうれしくない!(…)

そして、これはV6の2013年のコンサート「Oh!My!Goodness!」の1曲目に選ばれた。予想外の選曲だったけれどV6のロゴを背負って登場する(はじめはぼろぼろの帆船のようなオブジェだったのだが…ツアーが進むにつれ舞台装置もセットリストもまるで変化した。)彼らのシルエットがとてもうつくしくて印象的だった。V6のライブはいつも非日常非現実で、ここには夢しかない。それはフェイクだけど永遠にフェイクを貫き通すことをこのグループの名の下に誓うという覚悟のようなものにわたしには見えた。夢を見たわたしたちは悲しいほどにアイドルの(投げ)キスで眠りからさめる。三宅健のソロ曲「"悲しいほどにア・イ・ド・ル"~ガラスの靴~」(アルバム「READY?」初回限定B盤に収録)もそうだが、本来の自己(と自覚しているもの)とイメージとして作られた自己らしきものどちらとも折り合いをつけるのは難しい。筋金入りエンターテイナー*5ならできるのかもしれない。どんな自分も自分だと受け入れることができればいいけれど、あまりにそれらが乖離している場合、自分が認識できる自分こそ本当の自分だと、コミュニティのなかで作られた自己をフェイクだと捨て去るものだろう。周囲が作り上げたイメージを生きるのはとても苦しく難しいことだ。それだけでも「fAKE」の「ぼく」がどれほど困難な選択をしたかわかる。「君」の幸せを守るためにこれだけの自己犠牲を払うなんて、ほんと、アンタ何したの?でも、ある意味誠実なんだろうと思う。純粋すぎるのかもしれない、その「君」っていうのが結婚詐欺師とかだったらどうするの。行きつく先はおせっかいな母親のような気持ちなのでした。そういえば"fake"という英単語の意味には"詐欺師、ペテン師"というのもある。もしや生活のため仕方なく結婚詐欺師として生計を立てている「ぼく」が純粋培養されたお嬢様を人生をかけた壮大な計画であざむくストーリーなのか。騙すつもりだったのに本気の恋をしてしまったの?でも幼い頃身寄りのない自分を拾ってくれたボス(どこかの組織の)を裏切ることなんて出来なくて本当の気持ちはこころのなかに閉じ込めたまま張り付いたような笑顔で幸せな恋人同士を演じているっていうの?止まない雨だと決めつけすぎていつから自分を見せなくなったの?*6何ともいろいろなところへ空想の広がる曲である。だけどこんなふうにああでもないこうでもないと論議できる曲があるのは素晴らしいことだと思う。題を「その1」としておいたので、また何か思いついたら書いてみたい。

*1:THEE MICHELLE GUN ELEPHANTより。

*2:作家、エッセイスト。文豪森鷗外の長女。わたしの卒業論文森茉莉研究であった。

*3:フジテレビ系「アウト×デラックス」2013年7月4日放送/三宅健の発言

*4:他は「出せない手紙」とか「way of life」など…「君が思い出す僕は 君を愛しているだろうか」はまた少し違うかもしれない。

*5:「"悲しいほどにア・イ・ド・ル"~ガラスの靴~」より

*6:V6「ROCK YOUR SOUL」表題曲より